収穫祭 4

男は『奥方様』が獲物を気に入り、取り込もうとじりじり動くさまを楽し気に眺めていたが、背後の喧噪がひときわ大きく、ほとんど悲鳴のようになっているのに気付くと煩そうに顔をしかめた。
ふんだんにくべていた香木の煙も薄れ、ただ熾火が燻る煙が漂っているだけになり、深更の冷えた空気が祭りの熱狂を鎮めるように囲い地の中へ忍び込んできている。

聞こえてくる罵り合う声もいつもの祭りの場とは様子が違って、どことなく含まれていた投げやりな愉快さが薄れている。
くべるための香木や薬草が底をついている筈もないが、客達の中に正気に戻るものが出て来ているのかもしれない。

「良くないな」
男は呟くと熾火の方を見遣った。
いつもであれば熾火の傍を離れないよう控えさせている下僕が先刻トロル共を引き連れて森へ入って行ったままなのか、姿が見えない。

男は騒ぎの方を横目に見ながら舌打ちをするとトロルの食事場所であろう森の陰に向かって、鋭く下僕を呼びつけた。
応えはない。

その時新たに熾火のところからもうもうと煙が上がった。
だがその煙は今までくべていたものとは違って葉が付いた生木だった。
たちまち囲い地の中は生木の燃える煙でむせ返るほどになり、次にあちこちで爆薬が破裂する音が上がった。
突然の出来事に正気に返って逃げ出すもの、わけもわからず叫び声をあげるものなど客達の間に混乱が広がった。

矢継ぎ早の異変に男がちらと輿の方を一瞥すると、『奥方様』は隠れてしまったのか姿はなく、獲物は敷物の上に転がったままだった。
男は微かに安堵の表情を浮かべると逃げ惑う客達の騒ぎの方へ向き直った。

騒ぎの元を見極めようと見回すとさっきまで姿の見えなかった下僕が熾火の傍に突っ立っている。
下僕は背後にいる手下のトロルに引っ掴まれ人形の様に立たされていた。

「何をするつもりだ?」
男は用心深く距離を置き、下僕達に言葉を投げかけた。

下僕は男の方を見るとニタリと崩れるような笑い顔をしながら手にした爆薬を宴席の方へ投げつけた。
客達が更に混乱している中へ他のトロル達がどやどやとなだれ込み、宴席も天幕の拵えも我が物顔で踏みにじっている。

さすがの男も何が起こったのか分からず訝しげな表情を浮かべながら後退った。
と、男の耳にその場に不似合いな音楽と囁くように低く流れる歌が聞こえて来た。

男は全てを了解したように冷酷な笑いを浮かべると宴席の真ん中に素早く駆け込み呪文を唱えた。

『In Vas Por』

ドーンと地面が唸りを上げ、暴れるトロルも逃げ惑う客も一緒くたに倒れ伏した。

男はふんと鼻を鳴らし、見えない相手に大声で呼ばわった。
「祭りは終わりだ。出てこい、この庭の主。」

煙の向こうで続いていた音楽と歌が止み、煙のように漂い出た者がするすると敷物の上に転がる獲物に近付き、庇うように抱きかかえた。

熾火の火が落ちた暗がりの中で男を見る緑色の目がちらちらと殺気を含んで光っている。

男はそれを見るとまるで子供の様に屈託のない笑顔を浮かべながら
「へえ」
と鋭く歓声を上げた。


スポンサーサイト



0 Comments