にぼし備忘録

日記的ななにか

収穫祭 1

そこはむせ返るような香りが辺りに立ち込めていた。

森の木々に囲まれるようにぽっかりと空いた囲い地の一画に真っ赤な熾火が熾され、大量の香木と幾種類もの薬草がくべられ、そこから囲い地を覆いつくすほどの香りと煙が立ち上っていた。

囲い地の中央には点々と美しい織物が敷かれ、贅沢な食事や酒、そして様々な見慣れない形の煙管などが置かれ、収穫祭の饗応と呼ぶにふさわしい場が設けられている。
そしてそこは美しい設えには目もくれず博打に興じるものや酒を呷るもの、煙管を咥え横になっている者でひしめき合っていた。
周りには何張りかの天幕があり、そこは静まり返っているが時折奥から漏れる忍び笑いや遊び女の悲鳴のような嬌声で中に何某かが潜んでいるのが知れる。

身なりの良い者みすぼらしい者、年齢も様々な者達が入り交じり、時に起きる血腥い小競り合いや喧噪に紛れて行われるよからぬ取引なども闇と煙と熾火の照り返しの下で全てが曖昧に隠され許されていた。

そしてその祭りの全てを見渡せるところに輿が据えられていた。

あの時と違い、忌まわしい織布の前部分が少しだけたくし上げられ、厚手の豪奢な敷物が輿の内部から前まで敷いてあり、足を鎖で繋いだ大きな身体のトロルを脇に控えさせている。
輿の中は真っ暗で中の様子を伺うことはできない。
時折、深くフードを被った錬金術師のようないでたちの従者が輿の中にそっと出入りしては囲い地の熾火にくべる物を補充しているようだった。
くべる物によって香りや煙、炎の色も様々に変わっていたのだが、祭りに訪れた客人達は誰一人としてそのようなことに興味を抱くものなどいなかった。

しばらく後、輿の後ろ側にひっそりとゲートの光が灯り、中から大きなトロルと痩せた男が姿を現した。

男は饗応の場の様子を冷めた目で眺め、客人達の熱狂も興味なさそうに見やると輿の前に進み出た。
「奥方様」
幾分穏やかに輿の中へと小さく声を掛け、男は従えたトロルを顎で促し豪奢な敷物の上に収穫の品を横たえ、傍らにスカーフに包んで持ち帰った白く長い髪を置いた。

横たえられた獲物は目を瞑り、ぞんざいに切られたであろう髪が耳や頬に不揃いに被さっている。
ぐったりと手足を投げ出しているが、右手だけが意志を持っているかのようにしっかりと小さな木の枝を握りしめている。
黒い身体は薄暗がりの中で敷物の上に影のように溶け込み、獲物の髪と着ている灰色のローブだけがそこにヒトの身体があることを示していた。

獲物の唇から流れる血の匂いで輿の脇にいたトロル達が一斉に騒ぎ立て、足の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら輿の前に殺到し、鋭く汚れた爪を獲物のローブに立て、簡素な布のローブは紙のように千切れた。

男は気色ばんだ声で呪文を唱えて制止し、男が従えて来たトロルがさも愉快そうにげらげらと嫌な笑い声を立て、跳ね飛ばされふらついているトロル達を殴りつけながら元の場所へと追い立てた。

男は獲物の傍に近寄って獲物が引き裂かれたりしていないのを確認し、フンと鼻を鳴らすと不快そうな声で熾火のところにいた従者を呼びつけた。
「奥方様の前で大した失態だね。何だこの有様は。さっさと檻の中の餌をやって化け物どもを黙らせろ。なんならお前がその役目を果たしても構わないが?」
冷淡に叱責された従者はもぐもぐと何か言い掛けたが、男の視線を受けると慌てた様子で鞭を振るいながら森の木の陰へとトロル達を引き連れて行った。

男はちらりと宴席の方を見、誰もこちらの様子に興味を示すものがいないのを確かめると輿の方に向き直り慇懃な物腰で声を掛けた。
「奥方様、不調法な振る舞いお詫び申し上げます。ご不興になられたのではありませんか?」
輿の奥から応える声はない様だったが男は安堵した面持ちで続けた。
「仰せつかった通り捕えて参りました。どうぞご覧ください。この度ご所望になられた、元々は何某かの獣であったものが人の姿に変じたものでございます。その上、不遜にも魔術の知識も得ておるようで・・・ああ、そこは奥方様のお眼鏡に適うところでしたね?そしてこちらに据えたこの者より切り取った髪は、魔力を含んでおりますのでまずまずの織り糸になると思われます。お気の向くまま手すさびにお使いください。さて」

「こうして口上ばかり並べても退屈でございましょう。 宜しければこちらに御出でになりませんか? 収穫祭の祝宴を客人方も存分に愉しんで居られるようです。奥方様もご覧になって・・・ご所望の品をお召し上がりになりませんか?」

『奥方様』の応えも姿もないまま、輿の奥の闇に向かい、男は話続けている。

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hopelessness

オレはロサの唱えた見知らぬ呪文を受けて少しの間気絶していたようだった。

意識が戻ると視界の向こうのロサが変身の呪文を唱え、ロサの姿が痩せた男の姿に変わっていったのがぼんやりと見えた。
ロサだった男は腰からナイフを抜くとこちらに近付き、まるで石か何かをつま先で足蹴にするようにオレを仰向かせると無感情に様子を眺め、オレが生きているのを確認すると今度はさっきオレが倒したトロルの方に向き直った。

じっと横たわって自分の状態を探る。
呪文を当てられた時に感じた突き刺さるような痛みはもう感じていなかったが、血を失ったせいで頭が朦朧として寒くて堪らない。
そして痛みもないまま唇から血が流れ出ることがオレをとても不安にさせていた。

ふと持ってきた秘薬袋が腰にまだあり、右手がオレの小さな杖をしっかりと握りしめているのに気付くと少しだけ不安な気持ちが軽くなったような気がした。
魔力が戻って、血を止めるために一度でも癒しの呪文が唱えられたならば、きっとここから逃げ出せる。
そのためにどうするか。何ができるのか?

考えが纏まらない中、いつかお師様がオレに言った言葉が頭の中に聞こえてきた。

『なんの力もないお前を引裂こうとする悪意に触れた時 お前はどうするね』

どうするかなんて思い浮かびはしなかった。
それでも一体何が起きたか、そして何が起ころうとしているのかオレは知りたい。

あの男がどうして変身魔法を使ってまでオレを小屋から誘い出して森の中まで来たのかを。
それが何故オレなのかは判らない。
殺したいだけなら、その場でやればいい。
そうしないなら何か他に目的があるはず。

オレは呼吸を潜め、周りの様子に耳をそばだてた。

その頃、男はオレの倒したトロルを生き返らせていた。
このトロルは男の手下だったんだ。
トロルは怒りのこもった恐ろしい力でオレの着ているローブも身体も一緒くたに鷲掴みにして不快な声で喚き始めた。
怪物が不服そうに体をゆすって喚くたびに身体を振り回され、オレの唇から地面に血が落ちる。
揺さぶられると息苦しさで力が抜けそうになったけど、オレは震える指で離さないよう必死に杖を握りしめた。

彼らはオレに聞かれていようが全く気にすることなく話を続け、その中の「奥方の所望の品」という言葉が気になった。
奥方とは誰で、なんのことか知りたかったけどその後それには触れられず、それより男が続けた「髪を切っておく」という言葉にオレは震え上がった。
ジェイデンが髪を編んでくれた時、髪や血が人の手に渡ることがないようにと教えてくれた。
魔力を含むものは人を呪い、縛ることができる・・・。

男がトロルに押さえつけられているオレの髪を掴みナイフを当てた時、男と目が合い、オレは貼り付いた笑顔の中にぽっかりと開いた光のない洞穴のような暗く黒い目を見た。
髪に触れられるだけで身体の底から湧き上がった嫌悪感の基はその男の目にあった。
オレは声にならない悲鳴を上げ、僅かしか動けなかったけど死に物狂いで身体を捩った。

その様子を見ると、男は無邪気な笑顔を浮かべ心底嬉しそうな様子で話しかけてくる。

一体この男はなんだろう。

トロルは相変わらずオレを喰いたいとぐじゃぐじゃ喚いているけど、そのだみ声の方がこの男の言葉よりも人間味を感じる。
だからといって彼らのほとんど罵り合いのような調子でされている聞くに堪えない話がましになるというわけではなかったけど。

かわいそうなロサ。
出会った時ロサはもう死んでいたんだ。
小屋の前に立っていたロサを見て何故かぞくっとしたのはその赤いスカートに血の模様が紛れ込んでいたからなんだね。
このトロルが言った様に生き返ることも出来ないほど酷く、きっと骨まで食べられてしまったんだろう。
そして死んでもなおその姿を使われるなんて。

ううん。
うかうかとこんな得体の知れない計略に嵌められて身動き一つとれなくなっているオレだってロサとさほど差があるわけじゃない。
その上、髪を切られてしまったらどうなってしまうんだろう。

男は手下のトロルに罵声を浴びせるとオレの髪を切り落とした。
ブツッと音をさせて髪が切られ白く長い髪が男の手におさまったのを見た時、張りつめていた気持ちがちぎれ、身体から力が抜けていくのを感じた。

ジェイデン、ごめんなさい。
オレはあの小屋に、ジェイデンの傍には帰れないかもしれない。

男がゲートを開き、トロルがオレを掴んだままゲートをくぐる。
オレはもうこれから何が起こるのか考えられなくなり目を閉じた。

それでもオレの右手は小さな杖を離しはしなかった。

度し難き者たち




暴力的で不快な表現がございます。
問題ないと思われる方は『追記』記載の本文をご覧ください。



痕跡

ジェイデンは用心のため、小屋からやや離れ、リコールの音が届かない場所へと飛んできた。
状況を知るために物陰から小屋の周囲の様子を窺ったが、物音ひとつせず静まり返り、人の気配はないようだ。

足音を忍ばせ、いつでも呪文を唱えられるように身構えて小屋の扉へと近づいた時、辺りに漂う匂いに気が付いた。
微かだがはっきりそれとわかる血の匂い。

「In Lor」
薄暗くなりかける中、夜目の呪文を掛け扉の様子を確認する。
扉は閉じられているが、小屋を出る時まじないとともに結んでおいた彼の髪は切れてしまっていた。
そのまま小屋へと入ると中の結界は変わらず、未知の何者かが侵入したわけではないようだった。

小屋の中を見回すと作業台の上に書写の練習の途中だったのか、ペンと紙の束、線が何本も引かれた紙や呪文の綴りが繰り返し書かれた紙が少し乱雑に置かれているのが見える。
その中に彼の書きつけも置いてあり、彼の書いた文章の傍らににぼしが伝言を書き添えているのに気付いた。

「・・・『助けてほしい人』?」
ジェイデンはにぼしの伝言をひとりごちながら小屋のあちこちへ視線をやった。
壁の棚に載せてある薬瓶が一つなくなっている。
そこにはさほど効き目が強くない、解熱に効く薬草の粉末を入れた瓶が置いてあり、薬草の知識があるにぼしがそれを持って行ったと想像できた。

だが、その程度の薬草目当てにここまで助けを求めるものが来る?

例えばジプシーキャンプには呪い師や占い師もいる。
彼らの知識がなくとも森に暮らすジプシー達はある程度、薬草の効き目や扱いには慣れているはずだ。
そんな彼らがわざわざ助けてもらいにここに来るとは考えられない。

では、ベスパーの街の?
ありえない。
街には魔法屋やヒーラーがいる治療院があるというのに?
そもそも街の者でこの場所を知っているものなどいない。


では、何の目的でここに?
あれを連れ出すのが目的なのか?
いや、理由など後で構わない。


ジェイデンは素早く暖炉の近くに置いてあった楽器を持つと小屋を出た。
小屋の外は更に暗くなっていたが、血の匂いはまだ消え去ってはいなかった。
自ら小屋を出て行ったのは間違いないにしろ、ヒトよりも鼻の利く彼女がこの匂いに気が付かなかったのか。
小屋から出たとたんに襲われたとも考えたが、周りを見回しても血が流れるほど争ったような跡もない。

周りの木々を見ると枝が押しやられ、人が通って行ったような跡があった。

リコールやゲートで移動するとそこから痕跡を捜すのが困難になるが、幸い彼らは魔法ではなく歩いて森の中に向かったようだ。
ジェイデンは草や木の枝の倒れた方向などに注意しながら進んで行った。
時折目線のやや上の枝が折られているのが見える。
多分道すがら目印にするためにしたことと思ったが、この程度の目印の方法と数では到底夜道では見えず、役に立たない。
印をつけた者は戻ることを考えていないのかも知れない。

しばらく歩くと微かだった血の匂いが不意に強くなり、ジェイデンは周りに人の気配がないのを確かめると一層注意深く辺りを探った。
一か所草が広く倒れ、焦げたような跡があり、近くの地面には血が落ちている。
モンスターと相討ちになったのか?
いや、この戦闘の痕がにぼしだったとしても、この辺に出没する程度のモンスターと相討ちになるとは思えない。
ただし、戦う気になったらの話だが。

他に何か手掛かりを探していると木の根元に小さな紙の破片が落ちていた。
ジェイデンはそれを摘まみ上げ、即座にそれがネクロマンサーの呪文を書いたスクロールだと気付いた。
彼女はネクロマンサーの魔法がどんなものか知らない。
もし、この魔法が彼女に対して使われたのだとしたら・・・。

ジェイデンは地面に落ちている血を見た。
死ぬ程ではないにしろ、かなりのダメージを負っていると思える出血量だ。
地面に落ちている血を土ごと握りしめると彼の緑色の目は暗くギラリと光った。

訪れた者が何故彼女を狙い、どんなことを騙ったのかは知らないが、私の庭と庇護するものに害を為そうとするものを捨ておくわけにはいかない。
私が私の庭に見えないところがあることを知らないと侮るな。

「愚か者め」
ジェイデンは誰に言うともなく低く唸るように言った。

標的




やや暴力的な表現が含まれています。
不快に感じる方もいらっしゃると思い、追記に本文を記載しました。